パーソナルボイスサポーター oluolusatomiの日記

あなただけのボイスコンサルティング🎶 伊藤怜美の日記

やってみる。

どうもおこんばんは!

 

青葉台の村で歌のお教室をしております伊藤怜美です!

 

今夜も遊びに来てくださってありがとうございます♪

 

2日連続でお休みでしたが、このくらいのテンポがちょうど良いのかもですね!笑

 

無理に書かないことを覚えた!ということで

 

温度があるものをどこか一つに散りばめようと思います。

 

先日「リップヴァンウィンクルの花嫁」の監督:岩井俊二監督が

面白いことをおっしゃっていました。

〜なぜ原作者が画を撮らないのか不思議だ。〜

(とニュアンスはだいぶ違ったかもですが。笑)

わたしに届いたメッセージとしては

”その手のプロが集結してそこを最善に尽くしていく作り方ではなくて、

もっと『物語』というものが

主導権を持って良いのではないか?

作品は物語ありきだろ。

ということはやはりその源を作った人間が画をとるべきだ。

その配置の分野に長けていなくても、

未完成な状態であっても専門を光らせながら

未知の門を叩いていくべきだ。”

とおっしゃっていました。

なんかこれってわたしは妙に納得してしまった。

「音楽」も同じことが言えるな。って。

例えばわたしは「歌う」ことが専門ですが

歌う専門の人がある時歌詞を書き、曲を書いて

わからないなりに編集をして、

これかも?あれかも。。。

あっ!いや違う。。そうだ!!!

と紆余曲折しながら自分の作品を世の中に発信していく。

これ普通のことかと思われがちなのですが

実はやっているようで中々この全てのことに手をかけている人は

少ないように思います。

「未完成」な状態のまま進むということを。

専門外には手をつけない。

もちろん人によっては生産性が大事!

と選択するのも納得した上です。

ただ世に出すのだから

””きちんとしたものでなくては出してはいけない。””

それは完全にレッテル貼ってしまっている傾向のやつだなぁと思う。

もったいない。

何が重要かってやっぱりじぶんの作品を作るためには不器用でも

『やってみる!』

ここに尽きると思う。

これがなかなか自分ができなかったことの一つ。

今ならその意味がわかる。

表現しないことの罪みたいなものが迫ってきている気がする。

というわけで1年ちょっと前くらいにじぶんのCDを作ったのですが

その時のCDの版に載せた手描きの絵です。

じぶんが描いた世界をよりリアルに表現したかったから

絵もじぶんで描きました♪

というよりもこの作品の根幹部分を表現できるのは

わたししかいないじゃん?!と思ったら

凄まじい使命感に駆られたんです。

今でも描いてよかった!!

って思える作品。

f:id:oluolusatomi:20160330192140j:plain

 

オルオルさとみ